2016/07/14

Azure


During my stay in Kingston, I met a guy from San Diego, who inspired me to try expanding the world again. (even we're not so young, nor bright.)

He is about to restart his carrier in the states without any connections. Since he retired the job in his late 20s, he had been studying language and eventually moved there. Now he is planning to stay longer to find a job.

I can imagine that he was at a turning point around the age, which is not full of hope, but not hopeless.
During those days, I guess he was thinking he had given an obligation to make a choice, make a change for his own life.

As you can imagine, from the moment your heart started beating, you've never been able to control it. You've just followed it as it works. And you won't manage it until the end of your life.

So, in your life-adventures to the world, like he made it, like your heart beating, it will come to you and you won't control it.
You also don't know when it comes to you. Unfortunately your age doesn't matter.
It's just like a gift from your parents, or a sort of curse from your ancestors. You have right to refuse, but it's your gift so why don't you accept to open? Or it's a curse that you can't get lid of it.

When you receive it, you don't look back. Just follow the way and don't lose it.
You only look back when you reach the conclusion to set your life permanently. Of course, you don't know the part of when.
You are going to do it and you'll see yourself when you get the way.

2015/11/18

困難を伴いながらも、学ぶことを諦めず、前向きに努力を続けてきた生徒たち。


校長先生よりアワードが贈られました。


僕が配属された学校は、
高校をドロップアウトした若者や、学習遅延者などが通う、この国でただ一つのユニークな進学支援校です。
今期は元気な若者が多く、年齢は15歳から29歳までと幅広い。授業料は基本的に、奨学金の受給を期待している状況です。
彼らのバックグラウンドは様々で、その全てを確認した訳ではないけれど、それぞれが教育に望みをかけて、この学校へ入学してきています。

教育が単なる世渡りの道具としてでなく、彼らの人生の道標として、役割を果たせますように。


EDUCATIONAGAINSTSADNESS.

2015/09/19

語学力と活動に必要な情報・知識の不足で、ここ最近は専らインプット>アウトプットでした。
そして、遂に新学期へ突入したので、これまでのサイクルから脱出。
引き続きインプットの作業は進めながら、できれば即現場に生かしていきたい。

時間を考えると焦ってしまうけれど、小さなことを丁寧に、コツコツと。
成果を求めるのでなく、時間をかけて、まずは必要な基礎を築き上げる。
自分がいなくなったら終わる活動をするのでなく、自分がいたから始まったといえる活動に、力を注いでいこうと思います。



2015/04/10

イースター休暇明け。オバマ大統領が来ジャマするとのことで、交通規制がかかるギリギリ手前で帰って来れました。

キングストンから高速バスを使って北上し、山道を越え、海岸へ出た時。いつも思い出す歌があります。



これは、世界へと飛び出した20代前半、船でアジアを巡った時のテーマ曲。
そして、あの旅の続きが今、10年の時を経て始まったんだなと、この曲が教えてくれました。

経由するオーチョリオスでは、あの頃に乗っていたような大きな客船が泊まっています。
寄港地でバスケコートを探す旅ではもうないけれど、今でも同じような気持ちで一歩踏み出し、身の丈で世界と接しています。


2015/03/23



職場を離れ、首都キングストンへ行ってました。
想像していたよりもごみ処理所火災による影響はなくて、3階のベランダからの西側の景色は少し霞んでいるけれど、匂いも然程気にならない程度でした。



一方、この数日間で、世界ではいくつもの強烈なニュースが飛び交ってました。
イエメンの自爆テロ、チュニジアの博物館襲撃、国内では福島第一原発の炉心溶融(発覚)。
あと、某三女のメディア出演などなど。

こうした情報に直面した時、常に心に留めておきたいのは、「責任の一端は自分の内面にも存在する」ということ。
難しいことだけれど、ただの情報としてでなく、問題解決の糸口として、まず自分の思考を振り返ってみる。
習慣づけたいと思っています。

そういった世界のニュースがある中で、いま一番気になるのは、バヌアツのサイクロン被害の経過。
事の重大さを知った後、情報を仕入れながら、一昨年のヨランダ(フィリピン)を思い出していました。

フィリピン被災地支援の時は、まず何か自分でせねばと、身の丈で出来る支援を始めた訳だけれど、一体誰に訊いてどんな行動したらいいかなんて、全く見当がつかない中で動き出していました。

今回はというと…
自分が何か行動を起こす以前に、身近な誰かが何かしている。発信している。これについては自分が国際協力の世界へ来たんだなと、実感するばかりです。
国際緊急援助隊(JDR)で活動してる人がいらっしゃったり、早速、寄付金システムを立ち上げてる友人もいました。
何より、今は被災国で活動をしている同期が存在します。通信網がダウンしていて連絡が取れないけれど、おそらく復旧作業に当たっていることでしょう。

そういった方々から勇気をもらい、自分の活動のバイタリティにする。好循環の中で活動ができるように。

そして僕らの活動は、メディアの先にある現場となる可能性が高いことを改めて感じました。それは時に凛として構え、行動することが強く求められます。
こういった状況は、自分に、自分の生き方に、良い刺激を与えてくれるだろうと感じています。

2年間で得るものの中で、この先あらゆるものに通じる技術のはず。意識的にスイッチを入れて過ごしていきたい思います。

2015/02/13


 ずいぶんと久しぶりですが、海外生活の記録の為に、再びここへ記していこうかと思います。
 とは言え、今はあらゆる出来事のインプットが大切で、それと同時に、これまで貯めてきた経験値+研修等で学んだ知識・技術を、現場へアウトプットすることが求められています。当然、それらを優先するので、更新はこれまで以上に不定期(時間が出来た時にでも)になるかと思います。
 あと、写真<文章 になって行くかなと。一眼レフは日本に置いてきました。
 鮮明な写真で記憶を呼び起こすよりも、その瞬間を十分に感じ、自分の内部に蓄えておきたいし、その感覚を呼び覚ますためのテクストが残せればと思ってます。

 そして、ここからが本題。赴任3日目。
 今のところ順調。ブログが書けるくらいに。
 初日は珍しく朝から雨で、定刻に学校が開始しなかったり、ヤギさんニワトリさんの鳴き声の中でパソコン打ってたりと、のんびりとした時間が流れてました。
 2日目。タクシーで職場を通り過ごす。Police Headquarter へ訪問。
 3日目、スタートアップドキュメントの提出&CPと打ち合わせ。学校の教育レベルを知るために授業へ参加。これは暫く続けて行こうと考えています。
 自宅のネット環境(Wi-Fi)はSkypeができるレベル。情報収集には特段問題なさそうなので、腰を据えて学習&調査研究もしていきたいと思います。